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契約(BL)


「また死にかけてるんすか」
「………」

据えた匂いのする部屋に入ってすぐ目に入ったのは、先輩の行き倒れた姿。
見事に玄関先でくたばっている。
返事をする気力もないらしく、ぴくりとも動かないで突っ伏していた。
とっちらかした汚い部屋に勝手に上がりこみもう一度声をかける。

「意識あります?メシ用意しますけど、すぐに喰える方がいいすか?」
「…………」

姿を見たのは四日ぶりだが、もしかしてその間何も食べてないのだろうか。
つーか生きてるだろうな。
ちょっと不安になって、しゃがみこんで首筋に手を当ててみる。
脈はある。
よかった、最悪の事態ではないようだ。

「とりあえずおかゆでも作ります。もう少しくたばっててください」
「…………」

ぴくりと手が動いた気がする。
起きてたのか。
とりあえずさっさとエサを与えよう。

そして奥の台所へ行こうとして、足を止める。
部屋の真ん中には、30号のキャンパスが置かれていた。
赤を中心とした原色がぶちまけられた、風景画。
一瞬して眼が奪われ、心臓が鷲掴みにされる。

苦しい。
動悸が激しくて、胸が痛い。
息が、できない。

その両手ほどの小さな世界に、引き摺りこまれる。
焦燥感に駆られて、叫び出したくなる。

「う………」

ずっと見ていたかったが、後ろで呻き声が聞こえた。
それで我に返って、眼を閉じる。
一回、あの赤い世界を視界から遮断する。
はっと、短く息を吐く。
体の中を渦巻く熱を、一緒に吐き出すように。
このままじゃ、息もできない。

「とりあえずは、メシだな」

絵は後でゆっくり見ればいい。
それは、俺だけに許された特権なのだから。



***


「うまいすか?」

先輩はせっせと雑炊を口にしながら、黙ってこくこく頷く。
どうやら胃はまだ平気らしい。
最初の時は、その場で吐きやがったからな。
どんだけ乱れた食生活送ってたんだか。
つーか俺が餌を与えるまで、どういう生活してたんだろう。

髭は伸びっぱなし、髪も伸びっぱなし。
どっから見ても立派な熊。
せっかくの端正な顔は台無しだ。
しかし、顔色は最初に見た時よりもずっといい。
墓から這い出してきたんじゃないかってくらい薄気味悪かった外見も、人並みになっている。
それもこれも定期的に餌を与えて健康管理をしている俺の努力の賜物だ。

自分でメシも喰えるようだし、ひとまず放っておいて平気そうだ。
部屋の掃除は後にするとして、俺はさっきから見たくて見たくてたまらなかった絵の前に立つ。
二度目だというのに、最初の衝撃は失われていない。

衝撃。
そう、衝撃だ。
殴られたように、脳裏に、体に、直接叩きつけられるイメージ。

懐古。
焦燥。
嫉妬。
憧憬。
羨望。

なんともいえない、胸をかきむしりたくなるような感情が溢れだしてくる。
苦しい。
先輩の作品を見るときは、いつだってこうだ。
苦しくて苦しくて、それでも目が離せなくて。
体の中から掻きまわされて揺さぶられる、苦痛と快感。

止まっていた息をそっと吐き出す。
どうして、こんなものが作り出せるのだろう。

「気に入ったか?」
「はい」

四杯目の雑炊を食べ終って落ち着いたらしい。
お茶をすすりながら先輩が聞いてきた。

「今回のも今までのように、いえ、今までのよりも、凄い」

そう、凄いのだ。
綺麗とも、うまいとも言えない。
貧困なボキャブラリからは言葉が選べない。
ただ、凄い。

俺にはものを作り出す才能がないと随分前に思い知っている。
だから、この人に追いつきたいとか、ライバル心だとかそう言ったものはない。
でも、それでも、そんな俺でも、この作品が自分のものだったら、とそう考える。
俺のこの手で、これが作り出せたら。
いや、でもこの人が作ったものだからこそ、こんなにも惹きつけられるのだろうか。

「そうかそうか。まあ当然だな」
「はい」

先輩が自信満々なのはいつものことなので、別に逆らわない。
それだけの、才能がある人だ。
人間としては、まったく尊敬できるところはない。
絵に描いたような、天才肌。
傲慢で不遜で冷酷で自意識過剰で無愛想で気難しい。
決して、付き合いたい人ではない。

けれどそれを補って余りある才能。
だから、人間性なんてこの際どうでもいい。

教授や先輩に頼まれたからではない。
この人の作り出す作品を思う存分見ることができる権利があるからこそ、俺はこの人の飼育係をやっているのだ。

この人と関わる人間は、徹底的に嫌うか、徹底的に惹きつけられるかの二択。
俺は、後者だったのだろう。

「これ、今度の提出の奴ですか?教授がさっさと出せつってました」
「お前にやる」
「は?」

何を言われたか分からなくて、俺は思わず後をふりむく。
熊、いや熊のような先輩は大きな体を満足げに伸ばす。
満腹になったらしい。

「気にいったんならやる」
「提出用じゃないんですか?」
「そんなもん、あのじじにはそこらへんの与えときゃいいだろ」
「………なんでまた俺に」

いつもの礼とかか?
いや、そんなしおらしい人じゃないだろう。
人が自分の世話をすることは当然と思っている。
事実、俺以外にもこの人の世話をしたがっている人間は余るほどいる。
俺は別にしたくもなかったが、作品につられて引き受けてしまった。

「結納品」
「は?」
「婚約指輪の方が近いか?それやるから、お前、俺の傍にいろ」
「………大丈夫ですか?主に頭」

元々変人だが、とうとう完全に壊れたかと思わず心配になる。
先輩はお茶をすすって、顔色一つ変えずに先を続けた。

「うるさくないし、うざくないし、邪魔にならないし、メシはうまいし役に立つからな。便利だ。ずっと傍にいろ」
「………えーと」

まあ、他の奴らと違って追い出されなかったが、そんなに気に入ってくれたのか。
この人の傍にいる女は、確かにうざそうだったしな。

「だから、プロポーズですか」
「そうだって言ってんだろ」
「俺、別に先輩のこと好きじゃないんですけど。ていうか性格はむしろ苦手なんですけど」

色々とつっこみどころが満載だが、とりあえずそれは言っておく。
他の奴らと違って、俺はこの人の顔に興味もないし、性格はぶっちゃけ嫌いだ。
しかし先輩はにっと獰猛で野性的な、どこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「お前、俺の作品好きだろ。ゾッコンだろ。俺の作品見てマスかけんだろ」
「まあ、確かに好きです」

これを見て自慰行為ってのは、さすがに無理だが。
だが、確かに脳内を犯されているような快感は感じる。
あの衝動は性的興奮に近いかもしれない。

「俺が、俺である要素はなんだ。お前にとって俺の価値はなんだ」
「あんたの作品です」
「そうだ、俺が俺である理由は、俺の才能だ」
「はい」

それだけは、確かだ。
この人の価値はその才能。
それ以外は、どうでもいい。
それさえあれば、この人の存在はすべてが許される。
先輩は満足げに笑う。

「俺の才能が欲しくないのか?俺のものになったら、これは」

先輩が大きな節くれだった荒れた手をひらりと俺の前で振る。
あの手が、あの作品を作り出すのだ。

「お前のものだ」

ごくりと、音が響く。
自分の喉が上下したのをその音で気付いた。
喉が、乾く。
焦燥が背筋を這いまわり、胸を突き上げる。

「俺の作品を一番に見る権利が、お前のものだ」
「謹んでお受けいたします」

つい、言葉が零れだしていた。
言った後に後悔しても、もう遅い。
それに、もう翻せない。

あの手が自分のものになるという誘惑を前には、その他のどんな障害すら小さなものに見えてしまったのだから。

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